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漢方專門・寿元堂薬局の紹介

現在は仮店舗に移転しています。
詳しくはこちらをご覧ください。→
 寿元堂薬局は、創業以来43年間倉敷駅前通りで開局してまいりました。
この度「倉敷市阿知3丁目東地区市街地再開発事業」の工事にともない、仮店舗に移転しています。
現在は薬剤師2名とその他スタッフ6名が交代で対応していますが、2021年度に完成予定の再開発ビルの中に戻る予定です。
 皆様には、大変ご不便をおかけするかと存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます。

寿元堂薬局(仮店舗)の外観
寿元堂薬局(仮店舗)の外観
北山進三(薬剤師)
創業者の紹介
 創業者の北山進三は昭和23年、倉敷市生まれです。
 京都薬科大学卒業後、大阪の漢方問屋・㈱山田太一商店(現㈱ヤマダ薬研)で修業。生薬を鑑別する力をつけながら、薬局部門で薬剤師の山田実先生の手ほどきを受けると共に、医師の柴田良治先生に師事しました。
 山田実先生は元大阪大学薬学部生薬学教授で、現在もよく利用されている加工附子を開発したことでも有名な高橋真太郎先生の愛弟子で、薬局における漢方の応用を実践されていました。
 柴田良治先生は、明治時代の巨頭・浅田宗伯先生の系統である森田幸門先生の業績を継ぐ名医で、幅広い見識で効果的な漢方の運用を行っていました。
 平成元年には、柴田先生の処方集「黙堂柴田良治処方集」の編集のお手伝いをしましたが、この処方集には約千処方もの漢方処方が詳しく紹介され、多くの専門家に利用されています。
 平成23年には、漢方に対する誤解をなくすために、「誤解だらけの漢方薬」という書を世に出しました。
 平成29年には漢方で重要な古典の資料の多くを一冊にまとめた処方集「漢方処方・口訣集」を著すなど、微力ながら伝統ある漢方を後世に残す努力をしております。
 漢方が本来の効果を発揮していた時代(主として江戸時代)の古典に学ぶ日々を送っていますが、今では忘れられていることが多い漢方本来の効果を少しでも現代に再現できることを願っています。
北山恵理(薬剤師)
後継者の紹介
 現在の寿元堂薬局は、幸いよき後継者に恵まれて世代交代を迎えています。今は創業者の次女の北山恵理を中心に業務を行っています。父母と同じく京都薬科大学を卒業後、総合病院勤務を経て寿元堂薬局を継いでいます。
 漢方専門薬局で育ったせいか、上達が早いのが楽しみです。今では多くを習得しており、センスのあるアイデアで父を驚かすこともしばしばです。 父と同様に、広い視野をもって漢方の伝統を大切にしており、漢方の長所をよく引き出しているので、漢方の伝統を守っていくことができると確信しております。

(北山恵理から一言)
 私は漢方が身近な環境の中で育ちましたが、一般的には漢方はあまり理解されていないようです。
父の著書である「誤解だらけの漢方薬」の帯に「本物の漢方が消えていく」とありますが、今まさにそのような状況が日本で起きているのです。
 1990年代には既に「漢方がもてはやされる時が漢方の危機」などと言われていました。手軽なエキス製剤が誕生して以降、漢方薬は普及はすれど、漢方という医学は浸透していない状態です。
 確かに、すぐに答えが求められるスピード感のある時代には漢方のような一人一人に処方を探っていくものは逆行しているのかもしれません。
 しかし、日進月歩の素晴らしい発展を遂げている西洋医学で対応が難しい病気の中に、漢方が奏効するものも多く、漢方の価値を日々実感しています。
 漢方は座学では限界があり、経験を積んでこそという世界。昔から本物の漢方に取り組んでおられた先生方の教えを受けた後も、研究と実践を重ねてきた父の漢方を学ぶことができる環境は本当に貴重なものです。
 10年でやっと半人前という漢方の世界でまだまだ学ぶことが多くありますが、微力ながら日本の伝統的な漢方を残せるよう精進いたします。
よろしくお願い申し上げます。
全形
入り口
全形
仮店舗の店内
全形
仮店舗の店内
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仮店舗の店内
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相談コーナー
全形
座って待てます
寿元堂薬局の元店舗
寿元堂薬局の外観  寿元堂薬局は美術館や美観地区で知られる文化の街、岡山県倉敷市にある薬局です。 倉敷駅から南へ200メートル程の場所にあり、近くには大原美術館、考古館、民芸館など古くからの文化施設やアイビースクウェアなどがあります。
 昭和51年10月に漢方専門薬局として開局して以来、日本の伝統的な漢方一筋の薬局として研鑽を続け、今日にいたっています。
元店舗の店内の様子
寿元堂薬局の内部
元店舗の内部
棚に並んだ生薬
棚に並んだ生薬
(生薬の在庫は約300種類)
区切られた相談コーナー
相談コーナーは区切られています
坐って待てます
先客がいても、座って待てます